山本昌の前の最年長記録保持者の浜崎真二って誰よ?

やわなべです。

9/5の阪神戦で、中日山本昌投手が、最年長勝利の記録を塗り替えました。私もアギーレジャパン初戦が始まるまで少し見てましたが、ストレートは134kmとか出てて、138kmの能見とそんな変わらなかったですよ。

もちろん、各スポーツ紙も軒並み、この快挙を報じています。

49歳25日の中日・山本昌、最年長勝利達成!「これで終わりじゃない」| サンスポ
中日小笠原「昌さんのために」ガッツ打 | 日刊スポーツ

  • 山本昌(49) 最年長勝利記録を更新
    「(頑張れるのは)しつこいからじゃないですか」
  • 谷繁兼任監督 (43) 途中出場で最後ウィニングボールを昌に手渡し
    「プロ野球80年の歴史で1人だけですよ」
  • 小笠原 (40) 代打で、貴重な追加点を生むタイムリーヒット
    「昌さんのためにも1点でも多い方がいい」
  • 荒木 (36) 今季初4安打でアシスト
    「みんな勝ちをつけたかったと思う」

出てくる人物が、軒並み年寄りなんですが。

とくにコメントは見当たりませんでしたが、この試合先発マスクの小田(38)、怪我で欠場中の和田(41)、2軍で調整中の岩瀬(39)など他にも高齢選手がそろってる中日。いっそのこと、今後増える高齢者層をメインターゲットとしたチームブランディングをしてもいいかもしれませんね。つくづく去年の井端(39)放出が悔やまれるところです。

ドラゴンズは、今季オフ、山井(36)みたいな伸び盛りの若手をFA放出してる場合じゃないですし、もしほんとにその路線でやっていくというのであれば、阪神からは涙を飲んで、福留(37)を古巣に送り出したいと思います。なんなら建山(38)もおつけして。まぁ実際には、その阪神にはこんな報道もあって戦慄を覚えるわけですが。

阪神が戦力外の元中日・川上獲りへ!: 阪神タイガースちゃんねる

64年前のプロ野球事情

あまり野球に関心なくて、ただ、中日にどえらいご長寿ピッチャーがいる、ということだけ知ってる人にとっては、「まだ塗り替えてなかったのかよ!」という感想を持つ人もいるかもしれません。

塗り替える前の記録は64年前の1950年の浜崎真二(当時阪急)が持っていた48歳10ヶ月。実は山本昌も今回その記録をわずかに2ヶ月更新しただけなんですね。

1950年といえば毎日(現千葉ロッテの前身)の加入を期に、2リーグ制に分裂した最初の年です。駆け込みで7つの新球団が誕生、加盟しました。前年 1リーグ8チームのところに7つ追加ですよ。

楽天球団ができたときの選手集めのいきさつが記憶がある方なら、それが7つ分同時におこったということで、事のインパクトの大きさがおわかりいただけるかと思います。

まだドラフト制度もなく、野球協定も確立していないこのとき、選手の足りない新球団を中心に、セ・パ入り乱れての仁義なき選手争奪戦が勃発、最終的にはGHQが調整に入る事態まで発展しました。

最年長選手、浜崎真二の苦悩

結果的にこのとき、一番損をしたのが古株の阪急

前年までの自慢は実力が拮抗した3人の捕手陣でしたが、うちひとりを同じリーグの新球団西鉄(元西武の前身)に融通してあげたあと、残りふたりをブローカーの札束攻勢で、セリーグの新球団西日本(のちに西鉄と合併)にかっさらわれ、捕手がゼロの状態に。それ以外にもエース、内野手などレギュラー陣を無残に引き抜かれ、前年のレギュラーが6人しか残らないほどのチームを率いていたのが兼任監督の浜崎真二でした。

毒舌だった浜崎は自チームの選手を根こそぎ引き抜いたブローカーを名指しで「絞首刑にしてやりたい」といって物議をかもしたそうな。

浜崎はおそらく身体能力も優れていたんでしょうが、当時のチーム事情、プロ野球事情がなしえた記録だったといえるかもしれません。そんな古い歴史を思い起こさせる山本昌とは一体なんなんだ、と改めて思いますね。

こんな昔話が好きな方へ

プロ野球2リーグ分裂時のごたごたぶりはこの本が詳しいです。

あと絶版ですが、この本はことあるごとに本棚から取り出して眺めてます。

たとえば1950年の阪急はどんなオーダーを組んでいたか、なんてことが一目でわかります。残念ながら出版時の2000年までの情報で終わってるんですが、ぜひ続編を出していただきたい。

あと、個人的に読みたいのは浜崎真二の自伝。絶版な上、古本の値段がプレミアついてる感じなので、これを期に復刊希望です。

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48歳の青春―球界彦左自伝 (野球殿堂シリーズ)

  • 作者: 浜崎 真二
  • 出版社: ベースボール・マガジン社