「30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由」 (杉本 宏之)

やわなべです。

数日前kindleストアの日替わりタイムセールで安かったので、これ、読みました。

20代で不動産事業の会社「エスグラント」を起業したものの、リーマンショックで破綻して400億の負債を抱えて会社は倒産。そこから復活して、同じ不動産業で、再起途上中の現在までの経緯を書いたものです。不動産事業や、債務整理の細かい実務的な話はあまりなく、内輪話が聞きたかった向きには物足りないかもしれませんが部外者としてはむしろ読みやすかったです。

特に印象的だったのは、杉本氏と、まわりの起業家たちとの交流です。この本には有名な起業家がいっぱい出てきて、著者は、その多くと良好な関係を築いています。まあ、実際には、一匹狼みたいな人ばかりで、一癖ある人なんでしょうし、良好な関係でないところは書いてないんでしょうけれども、資本関係あるなしにかかわらず、起業家連中の中で、杉本氏がとても可愛がられている様子が伝わってきます。

この周囲の好意は、著者の人柄によるところももちろんあるんでしょうけれども、起業家という独特の才能(あるいは狂気)を持つ仲間意識のようなものがあるんじゃないでしょうかね。数の少ない、同じ種類の人間の中で「あいつはまだ若いから育ててやろう」というような空気があるように感じました。特に、倒産にあたっての債務整理などで逃げたり、そこでつぶれてしまったりしなかった姿勢で再評価されているようですね。

たとえ冗談でも債務整理の打ち合わせの席で「あなたが死んでくれたら一番話しが早いんですけどね」なんて言われたら、大抵の人は心折れますよ。

まぁ、現実には損をしてる債権者はいっぱいいるので、手放しで「ええ話や〜」とはいかないですが。

スポンサーリンク

起業家の才能って「やりたいことがある」だけじゃないか

思うに起業家の才能ってのは、「やりたいことがある」という以上のものは実はないんじゃないでしょうか。

いや、公務員でもサラリーマンでも主婦でもそう感じてる人は多いと思いますけど、自分の持ってるすべての資本(時間、カネ)、足りなかったら他人から借りてでも資本を集めて、全行動をその一点に集中できるような事業、そんな事業をあなた何かお持ちですか?、問われたら、「Yes」と答えられる人は少ないでしょう。てか、これにYesってやっぱりどこか狂気じみてますよ。

この本に出てくる起業家連中と、そうでない人の違いはそこじゃないでしょうか。そう考えると、起業家としての才なんて、あった方がいいのか、ない方がいいのか、わからなくなってきます。

起業家ではない有吉さんの生き方

それと同時に思い出したのが最近読んだこちらの本です。

同じくkindleのセールで200円で買った有吉さんの本です。杉本氏のドラマチックな経歴と比べると、読後感は清々しくないですが、セールだった200円相応の人生経験は聞かせてもらったかなぁ、という感想です。

猿岩石ブームで20代で6000万ほどの現金を手に入れた後、短いブームが去るのを見越して彼はどうしたか。。。

何もしませんでした。

夜遊びや、あやしい儲け話に乗って資産を目減りさせるバカもしない代わりに次の展開を見据えて何か準備することもなく、ひたすら日々の生活費の出費を押さえて、無為に過ごし続けました。アルバイトもせず貯金を少しずつ崩しながら。

結果的に現在、再び売れっ子タレントとして活躍中の彼ですが「それも努力ではなくたまたまだ」と正直に話しています。

そんな彼の哲学が、「人生は運だ。得たカネは無駄遣いせず手放すな」というのは、共感できるかはともかく、「そりゃその人生だとそうなるわな」と納得はできます。

「やりたいことがある」と「ない」の違い

杉本さんと有吉さんの違いを一言でいえば「やりたいことがあるか、ないかの違い」じゃないかと思います。

どっちがいいとか悪いとか、こうあるべきとかじゃなく、繰り返しになりますが、「やりたいことがある」ってのはそれだけでとっても稀有な才能だってこと。

それゆえ「やりたいことがある」人同士は、少数民族のように濃い交流や信頼関係を築こうとするのかもしれません。彼らもまた自分たち自身を希少な人種だと自覚してるんで、若くて野心のある人間が出てきたら、多少は利益を無視しても、後継として育てようという空気が出てくるんでしょう。

で、私も含め、そうでない大多数の人にとってはそんな天然記念物みたいな「やりたいこと」を見つけようとやっきになって、精神力を無駄に摩耗させるよりは、有吉さんの実用哲学にそって「やりたいことがないなりに生きぬいていく」処世術に目を向けた方が幸せなんじゃないでしょうか。いや、あまり気乗りがしないのはわかりますが。

自分がどちらのタイプなのかを見分けるには「すべてを投げ打ってやりたいことがあるか」と自問すればいいだけですが、重要なのはそこで答えが「No」であってもそれは恥ずべきことじゃないし、そう思って生きることが負け組でもなければ、残念な生き方でもないってことなんでしょうね。