電子書籍の積ん読を減らすための「私が愛した儀式」

やわなべです。

先日のhontoの半額キャンペーンでまとめて電子書籍を買ったんで割とこまめに読んでます。電子書籍のいいところはSNSのダラ見やらゲームやらに費やしてたスキマ時間を奪うところですね。

それはともかく、私が電子書籍を買うと必ずする儀式がありまして、先日それを横で見てた知人が「あんたそれ何やってんの?」と聞いてきたんで「こうすると本が3倍面白くなるんだよ〜」と笑顔で答えたら、史上まれに見るバカを見るような目で見られました。悔しいのでここで紹介します。

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私が愛した儀式、全ページスワイプ

やってることは単純です。

買ったらすぐにダウンロードして全ページ最初から最後までスワイプ表示する。

これだけ。「なぁんだ」と思われたかもしれませんね。以下、読む人が誰もいなくても泣かない覚悟の上で、なんでやってるかということを説明したいと思います。長いですよ。(あ、また誰か離脱した)

買ったままの電子書籍が増える構造

どの電子書籍ストアで買っても、買った書籍データは、ダウンロードするまでサーバー上にあります。ダウンロードする権利だけを買ったような状態、ですね。

ストアによっては「クラウド」だとか「ライブラリ」と呼ばれるサーバー上のデータ領域から、読みたいときに書籍データを端末にダウンロードします。

私のように格安SIMを積んだスマホで読む場合、外出先でふいにスキマ時間ができたから、とダウンロードしようとすると貴重なデータ通信量を消費してしまいます。

そこで、自宅のWifiに接続されている時にダウンロードするんですが、何十冊も端末にデータが溜まっていくと今度は端末のストレージ容量が逼迫してきます。 計画的なダウンロードと読了後のすみやかな削除という制御が必要になってくるんですね。

当初はストレージの圧迫を防ぐために「読むときになったらダウンロードすればいいや」と思ってたんですが、そうすると、特に今回のhontoのようにまとめ買いした時に顕著なんですが、「買ったままダウンロードしない書籍」がどんどん増えてくるわけです。

紙の積ん読との違いは、完全に記憶から忘れ去られること

これ、紙の書籍だといわゆる「積ん読(つんどく)」とよばれる状況です。

何万冊と読むような読書家の方だと「積ん読なんて気にせずどんどん書棚に詰め込むのがいいんだ」という意見もあって、私もその意見には部分的には賛成です。

自分で、関連性を考えた上で本棚に並べておくと、ふと本棚を眺める時や、近いジャンルの本を読み終えたあとなんかに「あ、これも読んでみようかな」という気分になるもんなんですよね。そうでなくても自分が集めた本棚の背表紙をコレクション的に眺めてるのも楽しいものです。費やしたコストを考えれば贅沢な趣味といえるかもしれませんが。

これはhontoのライブラリ画面ですが、電子書籍の場合、クラウド上の書籍はこのようにファーストビューでせいぜい20冊程度しか見えません。並べ方も、名前順、買った順、最近読んだ順とかで並べられるだけで、自分でカスタマイズして区分けしたジャンルごとにざっと見渡す、といったような楽しみは到底望めません。

上の画像だと、直近で読んだものから順に表示されてますが、買っただけでダウンロードもしなかったものはどんどん下に流れてしまい、蔵書が数十冊を超えた程度でファーストビューから消え、存在しないも同然となってしまいます。 こうなったら、よほどの動機がないかぎり、手に取って読まれる可能性は低いでしょう。

自炊した書籍も死蔵と化す

かつて、自分はいわゆる「自炊」、紙の蔵書を手動でPDFデータ化する、ってことをやったことがありまして、最終的に200冊ほど電子化したんですよ。カッターで裁断してスキャナーで1枚ずつ読み込んでPDF化したものをiTunesのライブラリに落としてたんですが、ハイ、正直に申しましょう。

 

そこまでしてデータ化した書籍、私、2冊しか読んでません

 

もちろん自炊した本は、紙で1度は読んだものが多いんですが、こんなことなら駿河屋さんに売ったほうがよかったと今では思ってます。PDFデータは外付けのポータブルHDDに退避したまま引き出しで眠ってるんですが、ある日データが全部消えてたとしても、たぶん後悔しないんじゃないかと思います。場所こそ取りませんが、まさに、「死蔵」と言っていいでしょう。

電子書籍ストアで買ったクラウド上のデータも、ライブラリの一覧のファーストビューから消えたとたん、これら死蔵書籍とほぼ同じ運命をたどります。kindleストアなんかで日替わりセールでつい買った数百円の「いつか読みたくなるかも」な書籍なんかは、かなりの確率でこの運命をたどりますよ。

これを防ぐために買った電子書籍は即ダウンロードして最初のページから最後のページまで「とりあえず眺める」んです。全ページスワイプです。そうすることで単なる電子データが「感覚あるもの」として記憶のはじっこに認識されるのです。

もちろん、全ページスワイプの結果「うわ、薄っぺら!こんなん買って損したわー」とか、逆に「うげ、これ700ページもある!」なんてこともあるんで、必ずしもスワイプ儀式のあとで、読了するとは限りません。

必ずしも読まなくてもいいんですよ。まったく触れ合うことなしで記憶から忘れ去られるという最悪の事態を防ぐってところがポイントなので。

全ページスワイプで、1冊の長さの目安を知る

全ページスワイプのもうひとつの利点がこれ。電子書籍の場合、ページ数という概念もなくなって(フォントサイズを変えるとページ数が変わる)、自分が今どれくらい読んでるのかがわからず、知らない街で迷子になったような孤独感を感じます。

アプリによっては「今、全体の何%」という形で進捗率を教えてくれたり、「この章を読み終えるまで約10分」なんてガイドをしてくれたりもするんですが、それはそれで、なんかこう、「マラソンを走らされてるようなしんどさ」を感じてしまうんですよねぇ。紙の本の、パタンと閉じたページの厚みで「だいたいこれくらい」ってのがわかればそれでいいんですが。

で、一度全ページスワイプをすると、ページの多寡にかかわらず、「この本はこのくらいの長さの本」というのが感覚的に理解できます。あわせて、事例が並列的に続く章だとか、本題から逸脱して飛躍したことを書いてるような章なんかは「あ、ここは飛ばしてもいいかな」なんて目星をつけとくのもいいでしょう。

大げさかもしれませんが、全ページスワイプによって、主体的に読書をしている、という感覚を取り戻す、といった感じでしょうか。大げさですね。

小説をどうするかは悩ましい

アンタそれ、小説でも同じことするのか、うっかり結末知って台なし、ってことにならないか」というツッコミもあるでしょう。

はい、私は小説でもこれやってます。本当にオチが全てな小説だったら、興ざめになることもあるかもしれませんが、わかるのは大筋の場面展開、せいぜい後半になってよく出てくるのは誰か、くらいです。サスペンス映画で言うなら、「この配役でこの俳優が脇役なわけがない」ってとこから展開がなんとなく類推できるのと同じくらいのネタバレ度です。

逆にこの辺りをを抑えてるほうが、安心して物語にのめり込める気がするように個人的には思うんですけどね。まあ、考え方は人それぞれなんで、「小説だとやらない」といったスタンスでもいいと思います。

電子書籍アプリにお願いしたいこと

これらの経験を踏まえて各電子書籍アプリにお願いしたいことは、

(クラウド上の)ライブラリ(書籍一覧)に、本棚としての魅力を持たせてほしい

ということ。現状のような、

  • 数十冊超えたら検索でしか探せない
  • 自分の好きなジャンル別に並べられない
  • 買ってクソだった本が消せない

といったUIを見ると、ずっと紙の書籍で読んできたひとりとして、「書棚の魅力ってのを軽視し過ぎてる」と感じます。読書体験の中で書棚の魅力が占める部分って、思った以上にあるので、ここをもう少し重視してもらいたいなぁ、と。

そうすれば上に書いたような全ページスワイプみたいなことしなくても、「ときおり電書アプリを開いてはバーチャル本棚を眺めてにやにやする」という楽しみができると思うんですが。