「アディタスvsプーマ もうひとつの代理戦争」

やわなべです。

盆休み中、パソコンには全く触れず、スマホにも極力さわらないようにしていました。代わりに色んな所に持ち歩いて読んでたのがこれ。バーバラ・スミットさんという女性ジャーナリストの方が書かれた「アディタスvsプーマ もうひとつの代理戦争」でした。

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アディダスVSプーマ もうひとつの代理戦争 ((RHブックス・プラス))

  • 作者: バーバラ スミット
  • 出版社: 武田ランダムハウスジャパン

スポーツとマネーに関する基礎文献として有用なだけでなく、どこか、おとぎ話のようなユーモラスな趣もあって、休暇中の暇つぶしにはちょうどいい読み物でしたよ。

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アディタスvsプーマ もうひとつの代理戦争

タイトル通り、メジャーな2つのスポーツ用品メーカー、アディダスとプーマのお話なんですが、何が「代理戦争」なのかというと、この2社はいずれもドイツの企業。しかも創業者はアディダスがアドルフ・ダイスラーさん、プーマがルドルフ・ダイスラーさん。はい、おふたり、実の兄弟なんですね。プーマを作ったルドルフさんがお兄さんです。

最初はお父さんの靴作りの家業を手伝ってたふたりなんですが、技術職向きな弟と、販売職向きな兄とは、性格が全く逆。しかも同じ屋根の下で妻子ともども住んでたこともあって、両家庭をまきこんでギクシャクした関係へと発展。とうとう別々に起業したのが、この2社のそもそもの始まりです。

2社が起業したのはドイツはバイエルン州、リュルンベルクにほど近い、ヘルツォーゲンアウラッハという小さな町です。そこにはアウラッハ川という川が流れてるんですが、ふたりはその川をはさんで社屋と工場を建てました。なんだか童話みたいでしょ? ヘルツォーゲンアウラッハの人たちは、初めて会う人の、まず足元を見て、どちらの陣営に与する人か確認した上で会話をしてたんだそうですよ。

兄弟げんかは世の常とはいえ、このふたり、(というか両家)の仲の悪さは尋常ではなく、やがてオリンピックやワールドカップといった商機の舞台で、相手の営業を妨害するため、あらゆる手を尽くすほどな関係に至ります。相手に負けじというモチベーションが成長の原動力となった側面もあったのかもしれません。よく言えば切磋琢磨、というか。

ルドルフ&アドルフ兄弟が活躍した時代は第二次大戦後から1960年代にかけてでしたが、兄弟の争いは次の子どもたちの世代に引き継がれます。ただ、その2代目の時代において両社に大きな差がつきます。アドルフの長男、ホルスト・ダスラーの登場によって。

スポーツビジネスの父、ホルスト

ホルストの父、アドルフは職人肌で、1日中、工房で靴の技術改良に励むのを好むような人でした。経営やお金に関することには無頓着で、そのあたりは社交的な奥さんが補っていました。一方、息子のホルストは「人脈こそ命」というくらいの天性のビジネスマン。父親とは反発することも多く、結局、ホルストは、フランスはストラスブールの地で「アディダス・フランス」の代表職というポジションに追いやられます。本社的には左遷と言っていいでしょう。

ただ、ホルストはその境遇を逆に「羽根を伸ばして好き勝手なことができるポジション」として、父アドルフの事業のグローバル展開や、サイドビジネスへの展開を独自に打ち出していきます。ドイツとフランスとで指揮系統が違う中、傘下の販売店はさぞや苦労したでしょう。

「人脈命」なホルストは、中でも各国のサッカー協会やクラブチームの要人との賄賂すれすれ、あるいは賄賂そのものな付きあいをベースに、ブランドを強化していく戦略をとります。1970年代においてオリンピックやワールドカップのビジネスとしての潜在性を見出したホルスト、先見の明ありすぎです。

後にIOCのキーマンとなるサマランチや、FIFAのアベランジェ、ゼップ・ブラッター、皇帝ベッケンバウアーなどとの交流ネットワークもこのころ築かれます。オリンピックやワールドカップのウラで動くカネと権力みたいな話題に興味のある方は、その歴史的な萌芽をこのホルスト・ダイスラー氏の足跡に読み取ることができるでしょう。

一方のプーマはというと、アドルフの長子、アーミン氏が事業を引き継いだものの、ホルストほどの派手な活躍はできず、プーマとアディダスとの差は徐々に開いていきます。そうして世界のスポーツビジネスを一手に牛耳るかに見えたアディダスですが、アメリカのスタンフォード大学で経済学を専攻していた学生がオレゴンで始めた会社が、ライバルとして浮上してきます。はい、後のナイキです。

アディダス、プーマ、同族経営を脱出

かつてブルーリボンスポーツというイケてない名前で起業したナイキは、設立当初、日本のメーカー「オニツカタイガー」が作ったランニングシューズの輸入販売をしてました。オニツカタイガー。現在のアシックスです。そのうち自分たちでシューズを内製するようになり、ランニング、バスケット業界で急速に米国市場のシェアを伸ばしていきます。

ナイキのすごいところは明確にマーケティング重視の姿勢を打ち出し、その実現のために目をつけたスポーツ選手をタレントとしてプロデュースする点です。その最大の成功はマイケル・ジョーダンですが、実は、彼はナイキとの契約前は熱狂的なアディダスファンでした。

ホルストはホルストで、日本の電通と組んで、スポーツ・マーケティング専門の会社を打ち立てるなど、その先見性が劣るところはなかったんですが、カリスマ性を持ったホルストが1987年に病気で死去してしまうと、その先進的な事業をドイツの片田舎のダイスラー一族が継承することはどだい無理な話でした。ホルストに近い現場幹部は、ダイスラー家の同族経営からの脱却を目論みます。そして、ちょうど同じ頃、プーマもまた、アーミン・ダイスラーの手を離れ、ダイスラー家のお家騒動的な2社の関係は90年代を前に終焉となりました。

アディダス、復活

カリスマ経営者ホルストですが、多方面で個人事業のように進めていた事業の帳簿を整理していくと、しだいにずさんすぎる経営ぶりが明らかになってきます。リアルでも米国市場でのシェア拡大に失敗し、ナイキに市場食われまくる中、新たなオーナー探しも難航。ようやくフランス人、ロベール・ルイ・ドレフュスが新オーナーとして再建に着手した頃には、ホルストが築いた人脈も賞味期限が切れかけてました。ナイキにならって、マーケティングに予算を割き、ベッカムやレアル・マドリーといった新たなパートナーとの関係を必死に築いた結果、一時は、ドイツのお荷物企業とまで言われた業績は回復。ナイキに対抗できる勢力として見事に復活を遂げたのです。

一方のプーマも、規模的にはアディダスに劣るものの、現代的な経営への変化に成功し、グローバルブランドの一角として現在も存在感を維持しています。

まとめ:個人/企業/業界の興亡のバランス配分がとてもよい物語

この本の一番の読みどころは、アドルフ、ルドルフ、ホルスト、アーミンといったダイスラー家の人間味あふれる物語と、アディダスvsプーマというグローバル企業の興亡とのギャップ、でしょう。さらに、そこへ関わってくるスポーツ界のタレントや要人たち、後半出てくる企業の支配権を争ううさんくささ満載の投資家らが、脇役としていい味を出しています。この「個人の物語」「企業の物語」「業界の物語」の描写のバランスがとてもよいと思いました。

初版が2006年の本なので最新事情は追えていないところはありますが、そのぶん古本で安く手に入りますし、サッカーはもちろんのこと、スポーツ好きの方は一読されるとスポーツの見方が違ってくるかと思いますよ。

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アディダスVSプーマ もうひとつの代理戦争 ((RHブックス・プラス))

  • 作者: バーバラ スミット
  • 出版社: 武田ランダムハウスジャパン

あ、そうそう。この2社の本社は今でもヘルツォーゲンアウラッハにあて、近くには両社のアウトレットストアもあるんですが、その近くに、ナイキも同じようにアウトレットストアを出店してるんですよね。


(※ 地図画像は下の参考サイトから)
【アディダス×プーマ】ヘルツォーゲンアウラッハ詳細ガイド(ドイツW杯テレビ&現地観戦ガイド: wm2006.euronavi.net)

一度この地を訪れて、現地の方々がどのメーカーの靴を履いているのか見てみたいです。