ニュースキャスター黒木奈々さんのがん闘病記を読む。「未来のことは未来の私にまかせよう」

やわなべです。

ニュースキャスターの黒木奈々さんの訃報を知りました。胃がんとのこと。

今はBSが見れる環境にいないのですが、数年前、NHKBS1の国際ニュース番組のサブキャスターを務められてた時は毎晩のように見ていました。

育ちの良さそうな美貌ぶりに加え、フランス語も堪能とのことで、なんとなく帰国子女なんだろうな、と勝手に思いこんでいたのですが、実はそうではなく、キャスターになりたいという強い意志のもと、キャリアを築くまでに、挫折と努力をされていたことを後で知りました。

その彼女が長年の夢だったメインキャスターの座をつかんだ、まさにその年に病魔に襲われ、その1年後には亡き人になってしまわれるとは。。この世の不条理を憂えずにはいられませんね。

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未来のことは未来の私にまかせよう

彼女が病に倒れて、メインキャスターの番組を休養せざるをえなくなった2014年の7月から2015年初の特番での復帰までを綴った闘病記が書籍化されてることを知りました。電子版があったので即購入、一気に読んでしまいました。

本書は3部構成、

第1章では、NHKBSの番組のメインキャスターの座をつかんで間もない彼女をいきなり襲った病から休養、いの全摘手術を受けるまで。

第2章は回想の章。彼女がアナウンサーを夢見てから、就職の失敗などにもめげず、いかにメインキャスターの座を掴むまでにいたったか、その経歴が語られます。

そして第3章は再び闘病記に戻ります。胃の全摘術を受け、抗がん剤の利用の決断、そして特番ながらも再びキャスターとしてテレビの前に復活するまで。

奈々さん、小学生の頃からアナウンサーを志望するも、2/1000という高い競争率の中で就活に失敗、関西ローカルの毎日放送に入社するのですが、それもアナウンサーとして落ちたあと、記者としてのものでした。

その後、これでは目指すキャスターになれないと、フリーへの転身を決意、いくつかの番組を経て、31歳にしてNHKの国際報道番組のメインキャスターの座をつかみます。2014年は間違いなく彼女のそれまでの人生最高の年だったでしょう。そしてその同じ年に無情にも病に倒れることになります。

倒れてからは毎日日記をつけていたとのことで、その後の治療の経緯や、病状の変化とともに、そのときそのときの彼女の内面の揺れがそのままつづられています。

ご両親ふくめ、周囲の人の励ましによって、ポジティブに生きようと思うこともあれば、痛みや、キャリアへの不安、これから恋愛や結婚、出産ができるのかといった妙齢の女性としての切実な悩みが赤裸々に綴られます。ただ、これは彼女の人徳なんでしょう、常に周りの方々から温かい言葉を受け続けたことで、ポジティブさを保ち続けるあたり、見かけによらず芯の強い女性だな、と感じました。

通常のがん闘病記と異なるところは、彼女がニュースキャスターとして常に見られる立場にあるということを、医師も理解、尊重している様子。

復帰に備え、闘病による激ヤセで容姿が衰えるとことがないよう「腸ろう」という腸に直接さしたチューブを通して直接栄養を送る治療を続け、体重が極度に落ちることがないよう努めておられました。その努力の甲斐あって、見た目から病人に見られることはほとんどなかったようです。

第3章において、彼女は抗がん剤治療を受けることを決断し「TS-1」と「シスプラチン」と使った治療に取り組みます。抗がん剤治療は投薬期間と休薬期間とを交互に繰り返すんですが、復帰予定の特番の放送日である翌年の1月4日が、ちょうど休薬期間中にあたるとのことで勇気を得ます。

ただ、その副作用の苦しみはとてもつらいものだったようで、かろうじて日記に書き留めたような短い心情を読んでいると胸が痛くなります。

結局、特番への復帰は成功し、この本が出版された2015年の春以降、週1で同番組へ出演されていたものの、2015年の7月から再び病状が悪化、休養中だったようです。

本書のタイトル「未来のことは未来の私にまかせよう」は、彼女の友人のひとりから受け取ったメールにあった言葉ですが、特番復帰という、束の間ではあれ、目標を達成したエピソードで締めくくられていることで、「生きる」喜びに満ちた内容となっています。同じようにがんと闘っている方の心の支えになるだけでなく、そうでない人も「生」と向き合う自分の姿勢に揺さぶりをかけられることは必至でしょう。

その一方、彼女の訃報を知った上でこの健気な闘病記を読んでいると、がんの発病、転移、治療の成功など、全ては理不尽な確率の問題にすぎないのかな、というシニカルな思いにも駆られます。おそらくこの理不尽と1年以上にわたって毎日向きあってこられた彼女に拍手を送りたいです。