「石油と日本 苦難と挫折の資源外交史」

やわなべです。

「石油と日本 苦難と挫折の資源外交史(中島猪久生著)」という本を読みました。

資源外交史(しかも石油のみ)という、限定した視点からの近現代日本のサイドヒストリーなんですが、むしろ、日本史の教科書で現代史を通読するよりも、日本という国が何をトリガーにし、どうやって外交を展開してきた国なのかが、理解できるような気がしました。

同時に、世界相手に全面戦争をおっぱじめたほど追いつめられた昭和初期の危機意識を、いまだに克服できずにいるんだなぁ、と忸怩たる思いにかられます。

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石油と日本 苦難と挫折の資源外交史

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石油と日本: 苦難と挫折の資源外交史 (新潮選書)

  • 作者: 中嶋 猪久生
  • 出版社: 新潮社

多くの人が認識している通り、日本は石油をほぼ100%輸入に頼っています

一次エネルギーの動向 │ 資源エネルギー庁

上は経産省資源エネルギー庁が公開している年間の石油の輸入量とその国産比率のグラフですが、グラフではまったく見えないくらいですが、今でも原油、国産してるんですよね。実は産油国なんですよ、日本は。

本書は明治以降、新エネルギー源としての石油を、需要が一方的に高まる中、日本がどうやって調達してきたかの本ですが、最初はこのような「日本国内で油田をあててビジネスを」といったベンチャービジネスの勃興から始まります。

日本はなぜ太平洋戦争に至ったか

やがて、国内の油田開発が量的に望み薄だとわかると、今度は当時主流だった帝国主義的発想で「だったら近場で油田が出そうなところを開発しよう」行動になります。朝鮮半島、台湾、樺太、そして満州、蘭印(オランダ領インドシナ、今のインドネシア)…

が、遅れてきた帝国主義国日本を、列強は歓迎しませんでした。そしてその反発は日本が大陸や南方への野心を見せ始めると露骨に強くなってきます。1938年には、英米の支配下に嫌気を感じていたサウジアラビアと共同で油田開発の交渉にも進みますが、、英米メジャーの強烈な妨害にあってお流れになってます。

この時期、日本は石油輸入の70%をアメリカに頼っていました。海外に得た新領土での開発も実りは少なく、やがて、当時オランダ領だった南印(今のインドネシア)の油田に目をつけます。

南印油田は、有力な輸入先のひとつだったんですが、その頃、宗主国オランダは、ドイツの占領下にあってロンドンに亡命政府があるような状態だったんですね。そこで「武力行使しないし、現地の自治権を尊重するし、現状維持も保証するから」といった条件で現地の石油鉱区を譲ってもらおうという交渉を仕掛けるんですが、オランダにしてみれば、ドイツの同盟国なんかに管理を委ねるはずはないですよね。もちろんバックで英米からも圧力を受けてます。結局1941年6月に交渉は決裂。民間ベースで進められていた、同地の共同開発プロジェクトも中止されます。

ただ、この少し前、属国化していた満州でも油田の開発調査をしていて当時は有力な油田が見つからなかったためのですが、実はこの地域では戦後、中国によって大規模油田である、大慶油田が発見、開発されています。南方重視に舵を切らなければ、もしかしたら日本の歴史は大きく変わっていたのかもしれません。

オランダとの交渉が決裂した翌月にはアメリカが自国内の日本の資産を凍結(その後イギリスも追従)、翌8月には、いよいよ日本への石油輸出を全面禁止します。真珠湾攻撃はその4ヶ月後のことでした。

それでも、太平洋戦争の序盤には、念願だった南印油田地域を抑えはするものの、設備は破壊され、油田の開発どころではありません。やがて戦況が悪化してアメリカに制空権、制海権を奪われると、石油や人員の輸送すらままならなくなります。民間から駆りだされた石油関連の技術者も多くが犠牲になりました。

戦後の資源外交も大国に翻弄されっぱなし

長い占領期が終わった1950年代に、英国メジャーの支配から脱しようと、イランが突如自国油田の国有化を宣言します。が、石油業界を牛耳ってる英米メジャーを憚って誰も輸入しようとしません。

そんな中、英米メジャーから独立した国産メジャーを目指す出光佐三が、イランの石油を購入すべく立ち上がります。海運業者も圧力を受けてタンカー貸出しを断るような状況で、自前のタンカーで決死の航行を成功させ、イランとの絆を深めます。

が、イランのモサデク政権は、その後アメリカの介入によって失脚。結局「コンソーシアム」なる新たな英米メジャーによる支配体制が築かれることになり、出光がせっかく築いた権益は反故にされてしまいます。

1960年には「アラビア太郎」こと山下太郎率いるアラビア石油が国を巻き込んでのサウジアラビアとの交渉の末、カフジ油田の共同開発に成功しますが、アラビア太郎亡き後のアラビア石油の交渉が失敗し、2000年に、その権益は更新されることなく失効してしまいました。

1970年代には新たな調達先として注目したイラクとの間に関係を築こうと、以後10年にかけ同国のインフラや医療、学校などの分野で1兆5千億円以上の投資をしますが、イランとの戦争で膨れあがった対外債務の返済に窮したイラクはクウェートへ侵攻、湾岸戦争、その後の経済制裁によってその債権の大部分を放棄を余儀なくされ、日本が築いたインフラもまた失われることになります。

湾岸戦争における連合国側の膨大な戦費を日本が1兆円以上も負担させられたことはご存じの方も多いでしょうが、その戦費を使って破壊したのは、10年以上にわたって日本が1兆5千億円以上を投資したイラクのインフラだったわけです。それでもって、国際的に誰からも感謝されないとかってもう、なんというか、すごいですよね。

2000年代に入っても、イラン(50年前の出光の勇気ある行動で好印象を持ってる)との間で、大規模なアザデガン油田の開発プロジェクトの話が出ますが、アメリカがイランに対して経済制裁を加え他国にも追随を求めたことから継続が難しくなり2010年に撤退しました。今年になってイランと米による核開発の協議が合意にいたり、ようやく経済制裁が解除されましたが、いつまで日本は翻弄され続けるんでしょうかね。

敗戦はまだ続いてる

日本人の感覚としては、昭和の大戦とそこまでに至る日本を単純悪とし、その後の平和な経済成長に誇りを感じている人も多いとは思いますが、資源外交史的に見ると、暗澹とした思いにさせられるのは、むしろ戦後です。

エネルギーを求めて、国レベル、民間レベルで、様々な努力を重ねるものの、大国主導の国際情勢に翻弄され続けている現状は、先の大戦にまで至たった状況となんら変わってないんじゃないでしょうかね。

ちなみに本書は2015年に出版された本ですが、石油に代わる代替エネルギーの有力候補である原子力への取り組みや、2011年の福島原発事故以降のエネルギー事情には言及していません。原子力への取り組みに関する名著「原子力の社会史」とあわせて読むと、この国のエネルギー事情をざっと理解するのに良いのではないかと思いました。

本書をもって、なんらかの政治的主張をするものではありませんが、「反原発」や「反安保法案」を掲げられる方も我が国の石油ドリブンぶり、(そしてその失敗ぶり)を知識として持っておくとよいかと思いますよ。

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石油と日本: 苦難と挫折の資源外交史 (新潮選書)

  • 作者: 中嶋 猪久生
  • 出版社: 新潮社

「新版  原子力の社会史 その日本的展開 (朝日選書)」販売ページヘ

新版 原子力の社会史 その日本的展開 (朝日選書)

  • 作者: 吉岡 斉
  • 出版社: 朝日新聞出版