(読んだ本)「明日と明日」トマス・スウェターリッチ

やわなべです。

「彼のおかげで、私のストリームはクリック確率が83%よ。全く、信じられないくらいだわ」

核攻撃によるテロによって、終末を迎えたアメリカのピッツバーグ。その災厄で妻を失った主人公ドミニクが「アーカイブ」と呼ばれる過去を再現する仮想空間でとある女性の死体を発見したことから事件に巻き込まれるという近未来SF小説です。

すでに映画化も決まってるとのことで、以下ネタバレ無しで行きますが、いや、この作品の仮想現実の描写がもたらす疾走感、一読の価値ありですよ。

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もし Googleグラスが脳内に埋め込まれたら

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明日と明日 (ハヤカワ文庫SF)

  • 作者: トマス スウェターリッチ
  • 出版社: 早川書房

この手の近未来SF小説を読む時の個人的な評価ポイントってのが2つあって、「いかに読者に未来の描写をリアルに感じさせるか」と、「それら近未来要素とを取っぱらったあとに残るドラマが魅力的か」の2つ。

で、この作品、前者については申し分ないです。人々は「アドウェア」という脳に直接埋め込むデバイスで常にインターネットと通信しています。網膜カメラを通じて常時脳内に「ストリーム」として流れ込んでくるタイムラインは、Googleグラスの延長として、すんなり受け入れられますし、その「ストリーム」にひっきりなしに流れる無節操な広告と、SNS経由で入ってくる下劣な情報の渦は、現状Googleによるコントロールが機能しなくなったらインターネットはどうなるんだろう、と想像をかきたてます。

例えば、主人公ドミニクがバスに乗って移動している際に、ストリームで、ある女性の殺人事件のニュースを知るシーンがあります。彼のアドウェアは、またたく間に犯人がtwitterに投稿した殺人現場の凄惨な写真を映し、被害者がジョアンナ・クリスという名であること、そしてソーシャルサイトで交わされる彼女の個人情報をハッキングしたという情報から、彼女が生前SNSに投稿したプライベート写真や家族の写真が次々と流れこんできます。

かつて彼女が男友達に送った卑猥なメッセージを見る、鏡の前でポーズをとった裸の自撮り写真、酔っ払ってみんなに乗せられ、女友だちとディープキスをする写真。数分も経たないうちに配信データはジョアンナ・クリスがセックス中だったか、バラバラ死体だったかしか興味がなくなっていた。彼女は大衆が閲覧してクリックし、トレンドの欄に載る要素に貶められた。

これ、バスに乗ってる数分間の出来事です。こんな感じで全ての人がニュースをスキャンダラスなエンターテイメントとして消費していきます。

作風はどこなくチャンドラーめいたハードボイルド風タッチなんですが、常時このような主人公の脳裏を流れるストリーム描写が重なることで、作品全体の疾走感を増しています。

さらに、個人がストリームを録画した映像や、監視カメラの映像が、膨大な「アーカイブ」としてネット上に記憶されてて、そこへ接続することで、他人の過去を仮想体験することができる。「終末」以前の過去にしがみつきたいドミニクは亡き妻の記憶と過ごそうと、アーカイブ世界にひきこもってるわけですよ。

この「アーカイブ」と、リアルで展開されるストーリー、そして「ストリーム」、この作品は3つの描写によって多層化構造をなしています。あと、著者はおそらく詩や現代美術にも造詣が深いと思われ、ストリームを使ったインスタレーション作品を作る反体制的芸術家なんかも出てきて、なかなか独自の世界観を構築しています。

このあたり、映画化にあたって、ビジュアル的にどう表現するのか見ものですね。

後半はややスタミナ切れか

ただ、評価ポイントのもう1つ、「それらSF要素を排除したあとに残る物語の魅力」については、正直「ちょっとひねりが足りないかなぁ」とも感じました。

「アドウェア」とともに、この作品の世界観を支えるはずの「放射能テロによって壊滅した都市」という舞台設定も、そのインパクトほどの効果を作品にもたらしてないような。

主人公ドミニクは、とある経緯からアーカイブから人為的に消去された女性を探します。その過程で巻き込まれる数々の事件が、上で書いたような脳内ストリーム描写とあいまって、スリリングに展開されていくのですが、後半、それらの伏線を回収していくくだりになると、そのスリリングさが急に鳴りを潜めてしまいます。まるで、22時を過ぎて鳴り物応援が制限されたプロ野球みたいです。ちょっとこの後半のスタミナ切れのような失速ぶりは残念でしたね。

繰り返しますが、この作品の読みどころは、リアルな現実世界、「アーカイブ」で再現される他者の記憶、そして「アドウェア」が脳内に流す「ストリーム」の世界、この3つの描写が代わる代わる押し寄せて圧倒されるところにあります。最後までこの調子で突っ切って欲しかったですねぇ。

あと、上で引用したスキャンダラスな「ストリーム」以外にも、主人公の周囲には若くて美しい女性が数多く出てくるんですが、なぜか肝心の主人公からはセクシーさのかけらも感じられません。ここは映画化にあたって脚色が入るんでしょうけど。

と、まあいろいろ不満も書きましたが、著者はこれがデビュー作とのこと。前半の疾走感を書ききった筆力は確かなんで今後に期待したいですね。

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明日と明日 (ハヤカワ文庫SF)

  • 作者: トマス スウェターリッチ
  • 出版社: 早川書房