(読んだ本)「ピアニストという蛮族がいる」中村紘子

やわなべです。

週末、なにげなくhuluで見た映画がとんでもないトラウマ映画でした。

La pianiste」(邦題「ピアニスト」)、2001年にカンヌの審査委員グランプリ、男優賞、女優賞の3つを受賞したフランス映画です。

厳格な母親のもとで育てられた女性ピアニストの屈折ぶりを描いた作品なんですが、イザベル・ユペール演じる主人公エリカが音楽教師としての職をロボットみたいな無感情さで淡々と全うする傍らで、次々と奇行を繰りかえす、という、サイコ・ホラーさながらの恐ろしい映画でした。

で、鑑賞後の後味の悪さをを抱えつつ書架を眺めると、今の気持ちを代弁するのようなタイトルの本が。

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ピアニストという蛮族がいる (文春文庫)

  • 作者: 中村 紘子
  • 出版社: 文藝春秋

「ピアニストという蛮族がいる」、日本を代表する女性ピアニスト、中村紘子さんの著書です。見ると初版が1992年と20年以上前の本。「200」という鉛筆書きがあったんで、どうやら古本屋で買ったまま積読してたようですね。

不可解すぎるこの映画の解釈の一助になることでも書いてないかなー、と思って読んでみたんですが…、なにこれ、面白い。

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ピアニストという蛮族がいる

私は、三歳ちょっと過ぎたころからピアノのお稽古を始めた。そして、十五歳でコンサート・ピアニストとしてデビュウしてすでに幾光年、結局のところこの私は「ピアニスト」以外の何物でもないと思わざるをえないけれど、時にこの私自身をも含めてこのピアニストという種族について、(略)洗練された現代の人間とはまことに異質な、言ってみれば古代の蛮族の営みでも見るみたいな不思議な感慨、を、或る感動と哄笑と共に催すことがある。

まえがきのこの言葉、決して誇張ではありません。

一応はエッセイというくくりになるんでしょうか。雑誌「文藝春秋」に1990年から1年半にわたって連載していたものを書籍化したものですが、著者の体験談も交えながら、同類の「蛮族」を列伝形式のように紹介していく構成です。

取り上げられるのは、ホロヴィッツ、ラフマニノフ、パデレフスキーといた著名ピアニストから、著者自身の系譜につながる、日本人女性ピアニストとしての先駆者など、多彩です。

必ずしも1章につきひとりのピアニストにスポットを当てるわけでもなく、時に話は、関連するうんちく話へ、またある時は、著者の体験談へ、と自由に脱線します。結果、人によっては、数章にまたがることも。

かといって、章立ての構成とかきっちりできてないかというとむしろ逆。

巻末にあげられた100冊以上の「参考図書」が示すように、単に思うがまま筆を走らせたわけでなく、各ピアニストについて、きちんとソースをあたって書かれたものであることがわかります。上の引用に見られるように文章も(若干古風めいてはいますが)洗練されていますし、音楽史としての教養もふんだんに散りばめられています。

雑誌の連載なんで、連載回数も、回ごとの字数も決まってるはずなのに、自在に脱線しながらも、帳尻あわせのような不自然さは全く感じません。陳腐な表現ですが、その話の運びっぷりに音楽性を感じましたよ。

アイリーン・ジョイスの朝ドラ化を希望する

紹介される「蛮族」エピソードで一番惹かれたのは、オーストラリア出身の女性ピアニスト、アイリーン・ジョイスさんですね。

タスマニア島でペットのカンガルーと暮らしてたような野生児だったのが、ピアノと運命的に出会って猛練習の末、才能が開花。たまたまオーストラリアに滞在してたバックハウスの助言を得て留学するのですが、そこまで築いてきた技術に根底からダメ出しを食らって意気消沈。

「せめて故郷のおっとさんに、わだすの演奏を録音したレコードさ送って、みやげにすっぺ」

と、個人向けのレコード自主制作という、せこいビジネスをやってた当時のグラモフォンに、アルバイトで稼いだお金を持ってって演奏するんですが、才能の塊のような演奏を聴かされた担当者がびっくり。即座に自主制作でない正式なレコード契約を彼女にオファーします。

そうして、徐々に有名ピアニストへの階段を昇っていく一方で、実は彼女ですね、

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(画像ソース:Eileen Joyce Collection : The Callaway Centre : The University of Western Australia

類まれなる美貌の持ち主でもありました。

しかも結婚した旦那さんが映画プロデューサーだったこともあって、コンサートの合間にお色直しを何回もしたり、しだいに女優としてのキャリアも築いていくとになり….

…ってこれ、NHKの朝ドラ主人公を地で行くような人生じゃないでしょうか?

少しはエリカに同情の気持ちがわいてきた

このようにピアノに魅了された人々が、蛮族めいた兆候を示しがちな要因として、幼少から思春期までに、おびただしい時間を練習に捧げないと一流の音楽家への応募券すら得られない、という厳しい現実があるからのようです。

それぞれのピアノへの強い(というか壮絶な)思いから生じる奇行の数々を読むうち、「そりゃあ中には冒頭の映画の主人公エリカみたいにネジがはずれてしまう人もいるだろうな」、と思えるようになってきました。(理解できたとは言ってない)

同じように、うっかり映画「ピアニスト」を見て、心がすさんでしまった人がいらっしゃったら、処方箋として本書をおすすめしておきます。

あと「あわせて読みたい」ではありませんが、そもそもピアニストという職業をこの世に定着させた存在としての大御所、フランツ・リストを論じたこれを読むと、さらに背景の理解がすすんでよいのではないかと思いますよ。


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ピアニストという蛮族がいる (文春文庫)

  • 作者: 中村 紘子
  • 出版社: 文藝春秋