「脳外科医マーシュの告白」「ゲーム理論の力」ほか今週読んだ本4冊

やわなべです。

薄手の秋物コートを新調したんですが、どうやら5回くらいしか着る機会がないまま冬に突入しそうです。稼働率を上げるべく最近では最寄りのコンビニに行くに時にも羽織るようになりました。めっきり寒くなり、株価も下がっておりますが、皆様ご自愛くださいませ。

と、サザエさんの次回予告(by 波平)みたいな挨拶もそこそこに、今週も読んだ本をだらだら語ります。滅多なことで人に本をすすめたりしない私ですが、「脳外科医マーシュの告白」は、仕事やキャリアで悩んでる人が読むと、なにがしか得るところがある本なんじゃないでしょうかね。

スポンサーリンク

脳外科医マーシュの告白 / ヘンリー・マーシュ

「脳外科医マーシュの告白」販売ページヘ

脳外科医マーシュの告白

  • 作者: ヘンリー・マーシュ
  • 出版社: NHK出版

ちょっと早いけど今年読んだ本のベストかも。

イギリスを代表するベテラン脳外科医のマーシュ先生が、自身のキャリアを振り返りながら、医者という職業の内面とその葛藤を述懐する内容なんですが、とりあえずマーシュ先生、文章うめぇ。各章が独立した短編小説のようです。ときにユーモアも交えながら語るんですが、自分の職業に対する態度は真摯そのもの。

彼はNHS(イギリスの国民保険サービス)傘下の病院の専門医なんで、来る患者さんのバックグラウンドはばらばらです。全25章のほとんどで、そうした患者さんへの(主に脳腫瘍除去の)手術シーンが描かれます(安心してください、写真は一切ありません)。手術が成功した患者さんからは神のように崇められる一方、失敗したケースでは術後に帰らぬ人になったり、半身不随や言語機能の喪失といった重度の障害を抱えることになる、かなりシビアな仕事です。日本のどこぞの広告企業の超過勤務どころの話じゃない。

印象深いのは失敗したあと、信頼してくれていた患者さんやそのご家族に対して、術後の結果を説明するシーンの重たさ。相手の信用を一気に失い、訴訟沙汰にすら発展するケースもあります。そうした過去の十字架を数え切れないくらい抱えながら、翌日も新たに数件の手術をこなしつづける精神力、自分には到底マネできないものだと敬服します。

ただ、彼もひとりの人間ですから、気持ちを完全にコントロールすることはできないし、そうした負の感情についても赤裸々に告白しています。それでも彼が定年までその仕事を続けようとするモチベーションは、(彼自身は明確には語りませんが)、自分が選んだ職業に対する自負、充実感、誇りがあるからなんじゃないかと感じました。私が本書で一番感銘を受けたのはここ、直接語られることのない、自分の仕事に対する誇りと充実感です。 それを感じられる職を見つけた著者を心底うらやましく思うわけです。

がんで亡くなった著者の母の死を語る章で彼は、最良の死は死の際で苦しまないこと、もしそれが望みえないのであれば、せめて自分の人生を振り返ったときに「いい人生だった」と言えるようになりたいものだ、と書いています。多忙極まる外科医人生で多くの人命を救ってきた彼は、おそらく死の際でそう感じることでしょう。そして私を含めた読者は自問するわけです。

自分の今の仕事は、死の際に立ったときに「いい人生だった」と振りかえるに足るものなんだろうか、と。

ゲーム理論の力 / アリエル・ルービンシュタイン

「ルービンシュタイン ゲーム理論の力」販売ページヘ

ルービンシュタイン ゲーム理論の力

  • 作者: アリエル・ルービンシュタイン
  • 出版社: 東洋経済新報社

ゲーム理論が専門のイスラエルの気鋭の経済学者ルービンシュタインの著作。ゲーム理論の本というより、経済学とは何か、あるいは、経済学は現実世界の何を解決しうるのか、といったメタ的な論考をしたためた感じで、数式もグラフも一切出てきません。

人間が必ず理論上の最善策を取るわけではないケースだったり、現実社会の統治構造的にどうしても経済学のモデルどおりに機能しないケースだったり、経済学の効能の限界と、真に有用な経済学の活用方法はどこにあるのかという問題提起の本ですね。

ただ、結論的なものは示されません。というのも、本書は著者が大学で行った複数の講義録から抜粋して構成されてて、1冊の本としてのまとまりがないんですよね。また、講義で聴くなら楽しいんでしょうが、彼の文章はまわりくどく冗長で、ひとつの章の中でも何が言いたいのか、つかみにくい点も多い。さらに、翻訳がプロでない学生らによる共訳によるぎこちない日本語なことも重なって、単に、著者の経済学者としての葛藤、まとまりのない思索を、編集無しにえんえん聞かされているような印象を持ちました。もう少しなんとかならなかったのかな。

著者の関心と取り組みそのものは興味深いものなので、本書のような寄せ集めでなく、考えがある程度まとまったところで書き下ろしの著作をお願いします。

来福の家 / 温 又柔

「来福の家 (白水Uブックス)」販売ページヘ

来福の家 (白水Uブックス)

  • 作者: 温 又柔
  • 出版社: 白水社

台湾出身で3歳から日本で暮らす著者の作品集。タイトルの「来福の家」と「好去好来歌」の2編です。いずれもテーマは共通していて、過去に著者自身が感じてきたアイデンティティへの違和感、特に、日本語、台湾語、中国語が微妙に重なりあう環境の中で、自己の輪郭をつかめない歯がゆさや、もどかしさが描写されています。

自分の名前が日本に来ると漢字の音読み(習近平=しゅうきんぺい、みたいな)で全く違う発音をされる点だったり、日本独特の外国語・外国人に対する壁みたいなものをマイノリティ視点で語られることでハッと気づかされる日本人読者は少なくないのでは。

メインテーマ以外の人間関係も魅力的な「好去好来歌」は楽しく読みましたが、「来福の家」は処女作と同じテーマなのに、3つの言語をめぐる違和感の描写に終止している印象で、読んでて少々退屈に感じました。

天文学者たちの江戸時代 / 嘉数 次人

科学史の文脈で触れられることの少ない、近代日本での天文学の歴史の概説。著者は大阪市立科学館の学芸員の方で、そういや写真で出てくる測定用の機器になんか見覚えがあるなぁと思ったら、同科学館に展示してあるものだったり。

著者が大阪の人だから大阪びいきということではないんですが、実際、江戸時代の天文学をリードしたのは大阪の人材でした。中心になったのが麻田剛立という医師業のかたわら天文学の研究に勤しんでいた人物で、彼のもとに集った同心(幕府の下級役人)高橋至時、質屋を経営する町人、間重富らが国内最高レベルの天文学研究を展開していました。天文学以外でも、山片蟠桃や富永仲基、木村蒹葭堂らを排出した大阪の町人文化の成熟度はすごいですよね。

やがて、不正確な暦を改定したいけど、その仕事を託セルの人材不足に悩む幕府が麻田に出仕を促し、高齢だった麻田は自分のかわりに弟子筋にあたる高橋至時、間重富を江戸に送ります。この二人、さらに至時の息子の高橋景保らが、その後、幕府の天文方として改暦にとどまらず、ケプラーなどの最新の西洋天文学の導入や、国土の測量といった、国家の科学技術方面で活躍します。

しかし、すでに時代は幕末にかかっていて、彼らが純粋なサイエンス研究に没頭できる時代ではありませんでした。明治に入っても幕府の天文方の組織や業績は引き継がれず、この時代の歴史を振り返って研究しようとする人も少ないようです。まあ所詮、その時代の最高の理論を理解できた、というレベルだったかもしれませんが、もし幕末までもう少し時間があったら、もしかしたら日本初の天文学上の新理論や新発見があったかもしれません。

【今週のBGM】 Resonance / ヤコブ・アンデルシュコフ

Resonance / Jakob Anderskov

2016 / コンテンポラリー・ジャズ

AppleMusicのジャズカテゴリの新譜で見つけて以来のお気に入りです。詳しいことはよく知らないんですが、デンマークのコンテンポラリージャズピアニストだそう。本作はストリングス、パーカッション、ピアノという取り合わせで、特にストリングの使い方が面白い作品です。休日前の夜、深夜まで読書するときのBGMに最適です。