『太平洋の試練 ガダルカナルからサイパン陥落まで』『コンカッション』ほか、今週読んだ本4冊

やわなべです。

2016年も残すところあと1ヶ月ちょいとなりました。今週は新刊発掘をお休みして、今年前半に読むチャンスを逃してた本を中心にチョイスしたところ、期せずしてアメリカという国を意識しまくるラインナップとなりました。ああ、アメリカ。あなたはどうしてアメリカなの?

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『太平洋の試練 ガダルカナルからサイパン陥落まで 上』 / イアン トール

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太平洋の試練 ガダルカナルからサイパン陥落まで 上

  • 作者: イアン トール
  • 出版社: 文藝春秋

海軍史家である著者による、太平洋戦争全期間の客観的史書を3部作でまとめようという、10年がかりのプロジェクトの第2部です。2013年に出た「真珠湾からミッドウェーまで」の第1部上下巻は既読でしたが、次の邦訳が今年の前半に出てたの今までスルーしてました。

上巻の舞台はガダルカナル含むソロモン諸島での日米の支配権争い。あらすじ風に言えば、「ソロモンの支配権を確立した時点で日米の優劣が完全に逆転、日本の敗北はほぼ確」といったところです。上巻読み終えたところがちょうど3部作全体の折り返しなんですが、あと半分、おそらく1000ページ以上、自国の暗黒史とつきあわなきゃいけないのかと思うと若干憂鬱です。

とはいえ、前巻に続き、今回も客観的視点からの冷静な筆致は健在。主だった海戦には両軍各艦の配置・航路図も完備してて、100年後も価値を持ち続ける戦史であることは確かでしょう。日本の戦術の拙さを説明するくだりでは宮本武蔵の五輪書まで引用して「自国が誇る戦術家の教えすら守れてないじゃないか」と批判。まるで自分が怒られたような気分になりました。えーと、あの、申し訳ございません。

ミッドウェーの敗北後もパイロットの熟練度や魚雷の精度など、技術的に優位な点もあった日本ですが、レーダーによる索敵技術で上回る米軍が徐々に逆転。ガダルカナル島に飛行場を築いたあたりが、どうやらターニングポイントとなったようです。

拠点奪回に何度もトライする日本軍ですが、兵站戦略が完全に破綻してしまってて戦う以前に同島で餓死者続出。その悲惨すぎる日本兵の様子と、今や前線ではなくなったニューカレドニアやオーストラリアでのんきに待機する米軍兵士らのコントラストがマジ泣けます。同じ日本人としての無念さとか通り越して、もはや同じ人間としての憐れみしか感じません。

日本軍の通信も傍受&即時解析されてて、その結果が、連合艦隊司令長官山本五十六の視察機撃墜という、これ以上ない屈辱なわけですが、もはやここまで読み進めた身には「流れとして必然だろ」という印象です。ボクシングなら余裕でTKOでしょう。

日本の戦略のお粗末さはよく批判されるところですが、本書の特色は米軍内でもいろいろ反省材料が色々あったんだよ、ってところが語られる点です。米軍内でも、陸軍と海軍、あるいは海軍と海兵隊との間で主導権争いはあったし、さらに大局的なところで、保有戦力を対ドイツに割くべきだ、というヨーロッパ派と、太平洋派とのいさかいもあって、決して一筋縄ではいかなかったんですよね。

ただ、この優劣逆転の重要なポイントで、前線のトップである南太平洋方面軍司令官ゴームリーさんを、消極的采配の懸念からスパッと更迭、ハルゼーさんを後任にあてるという冷静な人事ができるのはやっぱりすごい。うん、勝てないわこりゃ。

『コンカッション』 / ジーン・マリー ラスカス

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コンカッション (小学館文庫)

  • 作者: ジーン・マリー ラスカス
  • 出版社: 小学館

先月から日本でも公開されてるウィル・スミス主演の同タイトルの映画の原作です。映画は見てないけど、たぶん原作読んだ方が面白いんじゃないかと。

実際にあった話で、主人公はベネット・オマルというナイジェリア出身の監察医です。彼がたまたま検死解剖を担当した元NFLのスター選手の脳から「タウ蛋白」というしみを発見します。彼は亡くなる前に精神病を患ってたんですが、ベネットはその原因がこのシミであり、それが現役時代の脳へのたびかさなる衝撃によるものと推測。やがて別の選手の脳からも次々と同じ症状が発見されます。調査を続けるうち、背後には、その問題を認識しながら、ひたすら隠蔽ともみ消しに奔走していたNFLの実態が浮かんできます。

…とまあ、こうくると「巨悪に立ち向かう一介の医師」という、エリン・ブロコビッチ風社会的正義をテーマにした作品のようですが、にしては、それ以外のベネットのパーソナルストーリーの描写が多いんですよ。

イボ族として民族間対立の激しいナイジェリアを生きてきた彼のルーツや、ビアフラ戦争というナイジェリアの悲惨な内戦、その中心にあった指導者アビオラの歴史、ベネットが移民先の米国で受け続けたナチュラルな人種差別、カトリック信者としての信仰、鬱病に悩む様子などなど、CTE事件と直接かかわりなさげなベネット自身のパーソナルストーリーにかなり長い部分が割かれます。

アマゾンにも「枝葉のストーリーが冗長だ」とのレビューもあるわけですが、いや違うんじゃないですかね。

NFLという華々しい世界の派手なスキャンダルと、世界から黙殺されたアフリカで繰り広げられる悲惨な内戦という、お互い全く関心を持たないであろうストーリーがベネット・オマルという、地味な個人がリンクポイントになってつながる、というおかしみこそが本書のキモなのかなと感じました。だから映画より、全編彼のモノローグで展開する書籍でこそ味わいの出る作品だと思うわけです。

写真を見ると、落語家みたいな風貌のベネット氏、スキャンダルの渦中の人物にもかかわらず、ひとりモルグ(死体安置所)にこもって、日々の検死の仕事を黙々とこなします。「自分は隅っこで生きるのがふさわしい」「生きている人間は汚く、死者はきれいだ」 なんてセリフを厭世感でなく、ポジティブに語るところが最高に魅力的なんですよね。

『反知性主義』 / 森本 あんり

「もしトラ」が実現してしまって、書店にはトランプ本が並んでますが、どれも読む気になれず、少し前に出たこれを読んでみました。現代アメリカを形作る精神史とその背景がわかる良書です。

ハーバードやイェール、プリンストンと言ったアメリカの名門大学はいずれも元はビューリタン牧師を養成することを目的に設立された神学校なんですね。理想主義からイギリスを飛び出した移民が建国の祖であるアメリカにとって、そうしたピューリタニズムが極端な知性主義、権威としてまず存在した。

その後、人口が増え、多様化する中で、そうした知性や権威に対するアンチ勢力が現れ、そのよすがとなったのが「リバイバリズム」というものでした。これ、言ってみれば、都合よくキリスト教を解釈して宗教的回心を得ようとする動きで、キリスト教の大衆化というか、一種の宗教改革といっていいのかも。

転機となったのが、1828年の大統領選。初めて選挙人制度が適用されて、一般大衆が大統領選にはじめて関心を持つ機会になりました。ここで現職でリベラル志向のインテリ候補、アダムズに対して、圧倒的に勝利したのは、大々的な選挙キャンペーンを繰り広げたアンドリュー・ジャクソン。南西部を中心に支持を集め、北東部のインテリの支持しか得られなかったアダムズに勝利したあたり、今回の大統領選に重なる気もします。ネガティブキャンペーンが生まれたのもこの時だそうな。

アメリカ人の内面に強く感じる宗教性と、「大きな政府」的な権威をとことん嫌う源が何となくわかった気がします。

『量子力学の反常識と素粒子の自由意志』 / 筒井 泉

先週『宇宙は「もつれ」でできている』を読んでなかったら、まず手に取らないいかめしいタイトルですが、意外にライトで、量子力学の論点をポイントを絞って簡潔に整理・解説します。

アインシュタインがERP論文で量子力学を不完全とした定義を起点とて、局所性と実在性との矛盾を示したジョン・ベル論文、そして、コッヘンの「実在するけど、状況に依存する」とに展開した考察を、途中ミニドラマを交えながら解説します。

結局、局所性、(因果論的な)実在性、そして最終章で要素のひとつとして出て来る測定者自身の自由意志、この3つが同時に成り立たない中、どれを否定するかは、現時点では個人の好みによるといえるかもしれない、なんて言葉で結ばれてて、やはりこの問題を考えること自体に知的遊戯以上の意義ってあるのかな、という印象を持ちました。

実際、量子コンピュータという実用的な議論の土台として「こういうものだ」とどこかで割り切らないといけないんでしょうかね。その論点をざっくりつかむには本書は時間的コスパが非常に優れた本だと思います。

【今週のBGM】 ブラームス交響曲No.1 / ラトル指揮 ベルリン・フィル

Brahms: The Symphonies / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

2009 / クラシック

1段落で100人単位で人が死んでいく「太平洋の試練」を読み進めるには、BGMとして重厚なクラシックが聴きたい、と感じました。

「重厚なクラシック」となると私はすぐブラームスの1番の出だしが思い浮かびます。「この世の終わり」という気分になったらたいていこの第1楽章聴いてる気が。