『昭和天皇は何と戦っていたのか』『マイケル・K』ほか今週読んだ本3冊

やわなべです。

今上天皇の生前退位の関連で「昭和天皇退位論のゆくえ」を読み、その派生で「昭和天皇は何と戦っていたのか」を読み、その傍ら、先週の続きの「太平洋の試練ガダルカナルからサイパン陥落まで」の下巻を読むも読み切れず、な1週間でした。今週、昭和に一番思いを馳せてた人間は間違いなく自分だと思います。

どうでもいいですが、アマゾンから取得している本の書影に、文字通り「影」をつけるよう、デザイン調整してみたんですがどうでしょうか? どうでもいい? やっぱそうですよねー。

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『昭和天皇は何と戦っていたのか』 / 井上 亮

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昭和天皇は何と戦っていたのか 『実録』で読む87年の生涯

  • 作者: 井上亮
  • 出版社: 小学館
  • 発売日: 2016-07-15
  • メディア: Kindle本

宮内庁が24年かけて作成し、2014年に公開が始まった「昭和天皇実録」(完結予定は2019年)。日本書紀や続日本記といった我が国伝統の流れをくむ「国史」のひとつです。著者は、国家運営の中心たる天皇の行動記録を丹念に読み解くことで、生身の昭和天皇の生涯を浮き彫りにしていきます…って、以前紹介した「天皇と葬儀」の著者じゃないですか。いい仕事されてますね。

昭和天皇、戦前は現人神と崇められた存在で、戦後わざわざ「人間宣言」までしないといけなかった方ですが、これ読むと、実はまわりが都合よくまつりあげてただけで、本人は最初からずーっと普通の「人間」だったことがわかります。その思想も、まわりにいる保身的 or 狂信的のどっちかしかいない国家運営のトップらの中、抜きん出てリベラルで「まっとう」です。そりゃ、マッカーサーも、まともに話のできる相手として支持するでしょうよ。

もちろん「実録」という書物の性格上、そのような方針で編纂されている可能性はあるでしょうし、著者も基本的にそれに沿った同情的解釈をしているようにも思えます。が、全編読み終えた私も、それが偏った編集による個人弁護だとは思えないですね。

個人的に印象的だったのは、何事にも凝り性だった昭和天皇が若い頃からゴルフにハマってて、吹上御苑でよくプレーされていたんですが、日中戦争が泥沼にはまりかけてた頃からパッタリお辞めになって、戦後も生涯ゴルフをされなかった、というエピソード。あと戦後、真珠湾攻撃を題材にした映画「トラ・トラ・トラ」を、わざわざ同攻撃の実施日である12月8日にご覧になっていたり、2月26日には宮中で謹慎されてたり、と独り戦争を引きずった生活の一端が紹介されます。

戦後、国内外含めて戦争責任を背負い続け、退位論もたえずつきまとった昭和天皇。その態度には賛否あるものの、生涯退位せず(法的に不可能なんですが)87歳の生涯を閉じるまで、その責任を黙って背負い続けた姿勢には敬服あるのみです。私はこんな孤独、絶対耐えられないわ。

著者が最後に引くのは「実録」に直接はないものの、最晩年の御製である御歌です。

やすらけき 世を祈りしも いまだならず くやしくもあるか きざしみゆれど

「安寧の世を祈っているが、兆しは見えても、まだまだ至らず、悔しい」という歌ですが、これが詠まれたのは昭和63年(1988年)の戦没者追悼式です。戦後の復旧どころか、世の中バブルで踊ってる頃ですよ。

近代以降の日本国家の矛盾と悲劇を一身に負ったような生涯を見終わたっいま、「痛ましい」という言葉が浮かんできます。

本書をまとめおえた著者のこの言葉に「ほんこれ」です。そして今上陛下もこれをまたずっと背負い続けておられるようにお見受けします。

『マイケル・K』 / J.M.クッツェー

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マイケル・K (岩波文庫)

  • 作者: J.M.クッツェー
  • 出版社: 岩波書店
  • 発売日: 2015-04-17
  • メディア: 文庫

南アフリカのノーベル賞作家クッツェーの代表作。アパルトヘイトが続く内戦下の南アフリカの貧しい男性マイケルが、ケープタウンを脱出し、母親の故郷を目指し歩いていく、というロードムービー的な内容。

ケープタウンの都市生活の中にいきなり入ってくる独特のバイオレンスぶりにあっけをとられるのと、そんな殺伐とした世界を淡々と生きる、自分の生涯に希望も絶望もなく、達観とか諦観とかもなく、それでいて自死とかは一切考えない、主人公マイケルの独自の境地に引きこまれます。正直その境地というか彼を動かす論理はよくわかんないんだけど。

最後までこれだと流石に単調で飽きてきそうなんですが、さすがはノーベル賞作家。第2部で、視点の主客を変え、収容キャンプの医師目線で、このとらえどころのないマイケルを客観的に分析しようとする構成が面白い。まあ、この医師すら最後には「こいつもしかしたら神なのかも」みたいにおかしくなるんだけど。

そして、第3部は再びケーブタウン。マイケルも、彼のいる南アフリカのアナーキーな世界も、ちっとも変わらないまま物語は終わるんですが、マイケルをマイケルたらしめる要素の永遠性が正当化されてるようで、なんとなく薄ら恐ろしく感じる作品でした。

『昭和天皇退位論のゆくえ』 / 冨永 望

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昭和天皇退位論のゆくえ (歴史文化ライブラリー)

  • 作者: 冨永 望
  • 出版社: 吉川弘文館
  • 発売日: 2014-05-20
  • メディア: 単行本

冒頭書きましたが、今上陛下の生前上位がらみで、ふと手に取ったのがこれだったんですよ。2014年の本で、今回の陛下の「お言葉」とも関係なく、タイトル通り昭和天皇の退位論が、戦後どのように議論されてきたかを考察する内容です。

昭和天皇退位論が起こった時期は大きく4つ。敗戦直後、東京裁判判決後、サンフランシスコ講和条約発効前後、そして皇太子のご成婚のタイミングです。敗戦前夜から、近衛文麿が終戦後の天皇の退位と、それを可能にする皇室典範の改正を目論むんですが「陛下にはご出家の上、仁和寺にお入りいただく」とかいう中世のメソッドを話し合ってます。そんなの責任のとり方として、国際社会に通じるわけないですよね。

著者はどちらかというと「どこかのタイミングで退位すべきだった」と考える派で、昭和天皇に道義的な戦争責任はあり、その責任をとるには退位というかたちが望ましかった、と論じます。帰還兵や戦没者遺族にも同調する人は多いでしょうが、最初の「昭和天皇は何と戦っていたのか」を読んで、どう思うか聞いてみたい。どっちが正しい or 間違ってるってな話じゃなくて。

昭和天皇個人としては退位する方がよほど楽だったと思うんですよ。でもあまりにも戦争とそこへ至るまでのトラウマが強すぎて、「自分以上に先の戦争を知っている人間はいない。別の人間によって同じ過ちが繰り返されないよう、批判を甘受しつつ天皇の位にとどまりつづける」というのが、昭和天皇の選んだ責任の取り方、だったと思うんですよね。

【今週のBGM】22, A Million / ボン・イヴェール

22, A Million / ボンイヴェール

2016 / オルタナティブ

アメリカのオルタナティブ・ロック・バンドなんですが、ジェイムス・ブレイクにちょっとポップ風味を足したような、ちょっとあったかみのあるアンビエンサウンドが私の好みドンピシャです。今年の春に来日してたそうで、ライブ行きたかったな。