大阪発、電車とバスだけで快適に熊野三山参りをしてきたよ (4) 神倉神社-新宮城跡

やわなべです。

熊野三山巡りログの最終回。新宮界隈の観光と、那智大社、そして花の窟神社を見て帰るまでです。これまでの経緯はこちら。

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神倉神社のゴトビキ岩に会いに行く

朝、宿を出て新宮の市街地を北にある山に向かって歩きます。

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この小橋を渡ると、

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神倉神社の社殿に向かう500段以上の急勾配の石階段が現れます。登るときより降りる時がちょっと怖い。

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登った先の鳥居の先にあるのは。。。

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はい、岩、どーーーーーーん

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神倉神社の御神体、ゴトビキ岩でございます。拝殿前にいらっしゃる参拝者からそのデカさをお察しください。

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拝殿正面からの図。

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そして拝殿から振り返ると新宮の街が一望できます。逆にこの大岩は市中の国道からも見えるんですよね。こりゃ崇められるわ。

このゴトビキ岩、熊野の神が諸国遍歴の末に、この地に最初に降臨した場所とも言われてます。つまり熊野信仰の原点がこの巨岩であるともいえるわけで。今回の旅、ここまでずっと偉大な自然に圧倒されてきた身には腑に落ちるものがあります。

新宮城跡は水の手が素敵

山を降りて、また市街地を北東へ1kmほど歩きます。熊野川を背にする熊野速玉大社の少し河口にあるのが、新宮城(しんぐうじょう)の城跡です。

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熊野川の河口を天然の堀代わりにして建てられていることがわかりますね。新宮は安土桃山時代まで水軍で知られた豪族堀内氏の拠点でしたが、関ヶ原で西軍についたため所領を失います。

堀内時代の城はもう少し内陸にあったようですが、戦後、浅野長吉がこの場所にあった速玉大社の神宮寺を移転させて築城します。

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この城跡の見どころは、本丸へ登る道から裏手の川のまわったところある「水の手」です。

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堤防みたいな階段を降りていくと、

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水運の拠点だったことがひと目で分かる見事な風景がひろがります。近畿だと琵琶湖沿いにも水運を使った城はありますけど、ここまで面影が残ってるところってないんですよね。

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うはー。いいわこの場所。ちなみにこの熊野川は県境で、橋を渡った向こうは三重県になります。

新宮城はその後、徳川譜代の水野家の居城となるんですが、この水の手から紀州の特産品である備長炭などを出荷していたそうですよ。

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さっきの道を戻って本丸跡に登り、そこから水の手を見下ろしたところ。

ところで、この熊野地方の地学的特徴をくまなく解説する「南紀熊野ジオパーク」という素晴らしいサイトがあるんですが、それによるとこの新宮城のある丘は、さっき見たゴトビキ岩の山と同じ、熊野酸性火成岩類の花崗斑岩からなる岩山です。

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よく見ると新宮城の石垣の石も、ゴトビキ岩と同じ、花崗斑岩を用いていることがわかります。

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さらにここから河口側にある蓬莱山(ほうらいさん)という小山があるんですが、こちらも同じ成分の岩山で、霊山として崇められていたようです。ふもとにはその拝殿のような阿須賀神社(あすかじんじゃ)が鎮座しています。(神社裏手のこんもりした山が蓬莱山)

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このあたりの住宅街をぶらぶら歩いてたら、民家の軒先にいきなり巨岩が転がってたり。なんなのこの地域。

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というわけで午前中は岩パワーに圧倒され通しでした。JR新宮駅前で「さんまずし」で腹ごしらえして、午後からは那智へと向かいます。